東京高等裁判所 平成11年(ネ)2200号 判決 2000年8月31日
控訴人
矢島征四郎
右訴訟代理人弁護士
采女英幸
同
嶋田久夫
同
松本淳
同
山田謙治
同
白井巧一
同
若月家光
被控訴人
東日本旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
大塚陸毅
右支配人
佐藤勉
右訴訟代理人弁護士
大川實
同
笠原慎一
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し平成4年1月9日付けでした戒告処分(以下「本件戒告処分」という。)が無効であることを確認する。
3 訴訟費用は,第一,二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
控訴棄却
第二事案の概要
本件事案の概要は,原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決書を次のとおり改訂する。
一 原判決書3頁2行目の「平成3年7月23日及び24日に出勤しなかったことを理由に」を「被控訴人所定の年次有給休暇を平成3年7月23日及び24日にとることを申し出たのに対し,被控訴人が時季変更権を行使したところ,控訴人がこれに応じない意向を示したため,被控訴人が右両日に出勤することを内容とする業務命令を発したにもかかわらず,控訴人が右両日ともに出勤しなかったため,被控訴人がこれを理由に」に改める。
二 同3頁7行目の「1 原告は,平成3年6月1日,被告に対し,」を次のとおり改める。
「1 被控訴人においては,年次有給休暇は,左の手順によって利用される取扱になっていた(<証拠・人証略>)。
(1) 年次有給休暇の利用を請求する者は,請求日の属する月の前月の1日以降の適宜の日に,被控訴人が備え置いた年次有給休暇申込簿の請求日に該当する頁に申込日,氏名,申込事由を記入する。
(2) 被控訴人が当該請求日に年次有給休暇を与えることが被控訴人の業務の正常な運営に支障があると判断したときは,被控訴人は当該請求をした労働者に対し年次有給休暇を他日時季に変更することを求めることができ,右時季変更権が行使された場合には右労働者は右請求日に年次有給休暇をとることができない。
(3) 被控訴人における右判断は,控訴人の属する高崎車掌区では同区長の権限事項であり,具体的には,同区の当直助役が乗務交番表の案(年休付与候補者の氏名を記載した表)及び旅行命令書兼交番表の案を作成し,首席助役が区長を代行してこれを点検し,決裁するという方法でなされる。
(4) 年次有給休暇について時季変更権が行使される者に対しては,当直助役名で「年休申し込みの件について当直助役要あり,申し出られたい。」と記載した「連絡票」を予め備えつけられた各人別のレターケースの中に入れておき,これにそって申出がされると当直助役から当該時季変更権が行使された旨を告知する。
(5) 労働者の中には,右連絡票が自分のレターケースに入っていると,それだけで時季変更権が行使されたものと理解して,敢えて当直助役に連絡をとらない者も多数いた。
2 控訴人は,平成3年6月1日,当時被控訴人の就業規則に基づき年間20日の年次有給休暇を付与されていたところ,被控訴人に対し,」
三 同3頁10行目の次に左のとおり加える。
「3 控訴人は被控訴人の高崎車掌区において勤務するものであるが,被控訴人の高崎車掌区の車掌は車掌区の中で業務を行う内勤車掌と列車に乗務する乗務車掌に分けられ,控訴人は乗務車掌をしていた。
4 乗務車掌の具体的乗務については,ダイヤ改正の都度,指導助役が,高崎車掌区の車掌が乗務すべき定期列車(平成3年7月当時は,同年3月のダイヤ改正により,特急列車が24本,普通列車が約400本)について,数本の列車を組み合わせて基本行路を作成し(平成3年7月当時は,2日にまたがる徹夜行路が72,日勤往路が12),就業規則によって決められた車掌の1日当たりの勤務時間等を考慮しながら,ローテーションによって,前々月25日までには,右各行路に1人の乗務員を指定する(徹夜行路については2人)形で旅行命令書兼交番表を作成するとともに臨時列車(季節列車,団体臨時列車,試運転列車,回送列車,修学旅行列車等)に乗車予定等の車掌を予備要員として指定し,臨時列車が記載された運転報が高崎車掌区に届いた後,乗車日の1週間程度前には同車掌区に必要な臨時列車を抜粋して効率的な臨時行路を組み,これに乗務員を指定する形で旅行命令書兼交番表を作成していた(<人証略>)。
5 控訴人は,同人が年次有給休暇を利用したいと請求した平成3年7月23日,24日は,徹夜行路である基本行路に勤務する予定になっていた。」
四 同3頁11行目の「2」を「6」に,同4頁5行目の「3」を「7」に,同5頁9行目の「4」を「8」に,同8頁2行目の「5」を「9」に,同頁4行目の「6」を「10」に,同頁9行目の「7」を「11」に,同9頁4行目の「8」を「12」に,同頁7行目の「9」を「13」に,同10頁2行目の「10」を「14」に,同頁10行目の「11」を「15」に,それぞれ改める。
五 同4頁1行目冒頭に「同人が当直助役補助として作成し,当直助役が確認した」を加える。
六 同5頁1行目の「23日は8行路」を「23日は7行路」に,同頁3行目の「31名」を「30名」に,同頁6行目の「によれば,」を「において年休付与候補者としてあげられた」に各改める。
七 同7頁11行目の「加藤」を「加藤由紀夫」に,同8頁7行目の「高崎区長」を「高崎車掌区長」に改める。
八 同11頁8行目の「被告は,」を次のとおり改める。
「<1> 被控訴人の高崎車掌区は昭和62年4月の分割民営化直後から慢性的に欠員状態が存続し,組合はその改善を求めて団体交渉を重ねていたが,平成3年7月においても4名ないし11名が欠員しており,このように恒常的要員不足により常時代替要員の確保が困難な状況であった場合には,仮に業務に支障があったとしても,「事業の正常な運営を妨げる場合」には当たらないというべきである。
<2> また,そうでないとしても,被控訴人は,」
九 同12頁1行目冒頭から同頁3行目の「検討しておらず,」までを次のとおり改める。
「すなわち,被控訴人としては,さらに行路を組み合わせたり,基本行路である特別改札行路を圧縮したり,休日指定を受けているもっと多数の車掌に休日出勤の要請をしたり,助役やもっと多数の内勤車掌に代替乗務させたりすることを検討できたのにこれをしておらず,」
第三当裁判所の判断
一 争点1(他日指定が要件であるか)について
当裁判所も,使用者は時季変更権を行使するに当たって他日指定をすべき義務はないと判断する。その理由は,原判決書18頁8行目「年次有給休暇は」から同19頁8行目末尾までの説示と同旨であるから,これを引用する。ただし,同19頁7行目の次に行を改めて,次のとおり加える。
「 本件において,控訴人は被控訴人に対し他日指定することを求めているが,そうであるからといって,被控訴人がこれに応じて他日指定しなければ時季変更権の行使が不適法であるということはできない。蓋し,労働基準法にも被控訴人の就業規則(<証拠略>)にもこれに関する規定は設けられていないうえ,仮に被控訴人が他日指定したとしても,労働基準法39条の趣旨に照らせば,使用者に一方的な休暇の指定権が与えられたと解することはできないのであるから,労働者においては右他日に時季指定するか否かの自由を有するし,仮に労働者が被控訴人の他日指定に応じて右他日に時季指定したとしても,後になって,その他日について事業の正常な運営を妨げる事由が実際に発生したならば,使用者としても改めて時季変更権を行使できると解さざるをえないのであるから,他日指定は,使用者としては,その時季にはおそらく事業の正常な運営を妨げる事由がないであろうと考え,その時季について労働者の年休請求があれば,時季変更権を行使しない見込である旨を通知するものにすぎないと解せられるのであり,したがってこのような通知自体に時季変更権行使の適法性を左右する意味があると解するのは相当ではないというべきであるからである。」
二 争点2(事業の正常な運営を妨げる事由の有無)について
1 前記前提事実のほか,後掲各証拠によれば,左の各事実を認めることができる。
(1) 車掌職については,車内における営業業務のほか,列車に乗務して,列車の停止位置の確認,ドアの開閉や出発合図の安全確認,列車無線の取扱,列車の入換時の誘導業務等の運転業務を行い,運転士とともに多数の旅客の安全な運行を確保する職責を負うことから,その任用に当たっては,運輸省令の指示に沿って,筆記試験,適性検査,面接からなる車掌試験に合格し,教育施設に入って机上教育を受け,終了試験に合格後各職場に配属されて実務訓練を受け,これを終了した者について,需給に応じて車掌としての発令をすることになっており,走行列車には運転士とともに車掌が乗車することになっている(<証拠・人証略>)。
(2) 被控訴人の高崎車掌区において,年次休暇をとりたいとの時季指定権を行使した者が,平成3年7月23日については30名,同月24日については25名いた(<証拠略>)。
(3) 平成3年7月23日,24日における被控訴人の高崎車掌区の乗務車掌数は246名であったが,内4名は車掌職から運転士職になるために教育訓練規程に定められた電気車運転講習を受講中であって乗務が不可能であり,また内2名は就業規則第78条(3)で定める私傷病により無給休暇を付与された者であって乗務が不可能であり,さらに,23日については内4名については籠原運輸区から高崎車掌区に転勤となった直後であるため,高崎車掌区域線路等の内籠原運輸区が担当していない八高線,信越本線,上越線,吾妻線,両毛線の線路等の見習実施中であって乗務が不可能であり,また,労働基準法35条に規定する休日で,就業規則55条(1)に定め作られた休日で,特定の4週間に4日になる日数が付与されるいわゆる「公休」に指定されている者が,23日については44名,24日については48名おり,就業規則55条(2)に定められた休日で,各人につき年間43日付与されるいわゆる「特別休日」に指定されている者が,23日については20名,24日については22名おり,その結果,乗務可能車掌数は23日が172名,24日が170名であった(<証拠・人証略>)。
(4) 平成3年7月23日,24日における被控訴人の高崎車掌区の乗務必要車掌数は,平成3年3月のダイヤ改正に基づき被控訴人の高崎車掌区の車掌が乗務すべき定期列車(1日当たり特急列車24本,普通列車約400本)のための基本行路が84(徹夜行路が72,日勤行路が12)に必要な156名,ただし内3行路は運休となったため153名,列車内において乗車券等の検札,発券業務及び秩序維持業務を行うために定められた乗務行路である特別改札行路が3(徹夜行路が1,日勤行路が2)に必要な4名,夏期の繁忙期で増発された臨時列車のための臨時行路(23日は15,24日は18)に必要な23日は15名,24日は18名(以上合計23日は172名,24日は174名)であった(<証拠・人証略>)。
(5) 被控訴人の高崎車掌区においては,できるだけ多くの者に年次休暇を付与するために,前記前提事実7のように,組み替えの工夫によって臨時行路数を23日を7,24日を11に圧縮して乗務必要車掌数を減少させるとともに,内勤車掌を23日と24日に各1名乗務車掌として勤務させ,当日休日の指定をうけている車掌に要請して23日には1名,24日には3名の休日出勤してもらうことにし,ようやく,予定された列車の運行に支障が生じることを回避しつつ,23日には10名に,24日には6名に年次休暇を付与することが可能な体制を整えた(<証拠・人証略>)。
2 以上の事実によれば,平成3年7月23日に10名,24日に6名を超える年休付与申請者に年休を付与することは,被控訴人の業務の正常な運営を妨げるものであったと認められる。
3 控訴人は,被控訴人としては休日出勤者をさらに募るべきであったとか,助役やその他の内勤車掌に乗務させることができたとか,さらに行路を組み合わせたり,特別改札業務を中止することでまかなえたとか指摘して,被控訴人がこのような検討をしなかった以上,平成3年7月23日に10名,24日に6名を超える年休付与申請者に年休を付与すれば,業務の正常な運営に支障が生ずるおそれがあったものということはできない旨主張する。
なるほど,被控訴人の担当者は休日予定者の内一部の者に23日または24日に出勤することを打診したのみであるし,特別改札業務は,その業務内容に照らすと,運転業務などと違って,どうしてもこれを確保しなければならないものであったということはできない。しかしながら,使用者である被控訴人としては,このような場合,代替勤務者を確保して勤務割を変更すべく通常の配慮をすることが求められているのであって,可能な限りの方法を講じる配慮をすることまで求められるものではない(最高裁判所平成元年7月4日判決・民集43巻7号767頁参照)。休日出勤は就業規則66条(3)に基づくものであり,強制することができないのはもちろん,強制と受け取られるような方法をとることもできないことから,被控訴人が,誰にでも声をかけるというわけにもいかず,また車掌の勤務は原則として徹夜勤務の行路(2日にわたって勤務する行路)になっているので,23日,24日と連続で休みになっている者の方が手配しやすいが,逆に公休日や特休日の前後に年休を付与されていて連続して休日をとる予定であると考えられる者には声をかけにくく,また休日出勤をすることにより4日を超える勤務となる者にも声をかけにくいと考えたというのはやむを得ないところであって,被控訴人としては,相当数の休日予定者についてこのような検討をした後,協力してもらえる可能性の高そうな者についてだけ実際に打診をしたものと認められる(<証拠・人証略>)から,これをもって通常なすべき配慮に欠けるということはできない。また,特別改札行路は,ダイヤ改正時に各組合(鉄道産業労働組合,東労組,国労)との団体交渉の結果を生かして組まれるものであって(<証拠・人証略>),その後右行路は平成3年10月に廃止されてはいるが,その際,控訴人の所属する国労はその重要性を主張してその廃止に強く反対していたこと(<証拠・人証略>)からも明らかなように,年休付与の確保のために安易にこれを通常の乗車勤務に振り替えられない性質を有していたというべきであるから,これを圧縮しなかったことをもって,被控訴人が年休を付与するためになすべき通常の配慮をしなかったものということはできない。もっとも,被控訴人においては,これまでに特別改札行路を削減したことはあったが,これは,上越線の実車訓練の実施及び桐生訓練センターの研修のためであり,被控訴人の高崎車掌区あげての制度上のものであったというのである(<証拠・人証略>)から,このような例があったからといって,右の判断が左右されるべきものではない。したがって,前記のような控訴人指摘の事情により,平成3年7月23日,24日の申請にかかる年休付与が被控訴人の業務の正常な運営に支障が生ずるおそれはなかった旨をいう控訴人の前記主張は,採用することができない。
4 また,控訴人は,被控訴人の高崎車掌区においては慢性的に欠員状態が存続しており,同車掌区においてはこのような恒常的要員不足により常時代替要員の確保が困難な状況であった場合には,仮に業務支障があったとしても,「事業の正常な運営を妨げる場合」には当たらないというべきであると主張する。
しかしながら,被控訴人の高崎車掌区について,年間を通して年休や公休・特別休日等がとれることを含めて業務遂行するにあたり必要な数(標準数)は,平成3年3月のダイヤ改正時において257名(内勤車掌10名,乗務車掌247名)であるところ,同年4月,5月の2か月間の実際の社員数(配置され,在籍している社員数。病気等による休職者は除く。)は右標準数から若干下回っていたものの同年6月以降の実際の社員数は,6月が3名(内組合専従者2名),7月と8月が各7名(内4名は同年7月15日,籠原車掌区からの転入)上回っているのであり(<証拠・人証略>),本件全証拠によっても,同車掌区において慢性的な欠員状態が存続していたとの事実はこれを認めることができない。もっとも,病気,研修等のため実働できない人を除いた実際に実働のできる人の数(実働数)が標準数を下回ったことはあり,これが団体交渉の場で問題となったことはあるが,実働数の減少・回復はそもそも日常的に発生するものであるところ,被控訴人の高崎車掌区において恒常的に実働数の減少による要員不足があったというわけではないことが認められる(<証拠・人証略>)。控訴人の右主張も採用することはできない。
三 争点3(権利濫用)について
当裁判所も,被控訴人のした本件時季変更権の行使が権利濫用であるとの主張は失当であると判断する。その理由は,原判決書22頁5行目冒頭から同25頁5行目末尾までの説示と同旨であるから,これを引用する。ただし,同24頁11行目の「認めることができ,」の次に左のとおり加える。
「控訴人自身についても,平成3年5月20日にその所属する国労の組合の行事を理由としてなした翌月23日の年休申込みに対して,その申込順位は18名中17位で,時季変更された社員が10名に上った際に年休を付与されたり(<証拠・人証略>),同年8月1日にした,支部つり大会を理由とする翌月29日の年休申込みに対して,控訴人の申込順位は19名中6番目であったところ,時季変更された社員5名の内2名は控訴人より先に申し込んだ者であったりしたこと(<証拠略>),同年7月における1人当たりの年休付与日数は,国労組合員が1.22日,JR東労組組合員が1.08日で特段の格差はないこと(<証拠・人証略>)が認められ,これらの事情を総合すると,本件時季変更権の行使が」
四 結論
以上のとおりであるから,本件時季変更権は適法に行使されたものであるというべきところ,控訴人は,被控訴人から,平成3年7月23日,24日の両日に出勤することを命ずる業務命令が発せられたにもかかわらず,これに反して右両日ともに出勤せず,その結果,前記前提事実14のような事態を生じさせたというのであるから,右業務命令違反を理由としてなされた控訴人に対する本件戒告処分が無効であるということはできない。
よって,本件戒告処分の無効確認を求める控訴人の本件請求は理由がなく,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,控訴費用の負担につき民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(平成11年11月30日当審口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 川口代志子 裁判官宗宮英俊は,差し支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官 小川英明)